選択の連続








選択

人生は選択の連続

どんな物事においても人は「選ぶ」「選択する」という事の繰り返しで生きています。

朝起きてから夜寝るまで約9,000回、人は選択していると言われています。

もちろんその選択の中は無意識で行うものがほとんどですが、その中の限られた意識的に選択することにおいては、人を形成していく上で如何に重要であるかが分かります。

その先に訪れる未来のほとんどは自分自身で決定している物事の未来でしかありません。

その選択した課題解決の手順は以前お話させてもらいましたが今回はその選択の重要性というお話ではなく、自分では変えられない選ばれる、選択されるという事に焦点を当ててお話させていただきます。

代表

人との競争の先に待っているもの

スポーツの試合、入学試験、就職活動など人と比べられるものには順列が発生し、選考が起きてきます。

その選ばれるかどうかという結果だけを見た時には「選ばれる者、選ばれない者」の2つしかありません。

 

果たしてその2つだけの結果を見ていていいのでしょうか??

これではいつまでたっても幸せにはなれません。

競争の先に待っているもの。

それは永遠に続く自分自身にとっての人との比較、競争、自己肯定、優越感、嫉妬、ねたみ、自己否定などです。

自分の人生ではなく他人あっての自分の存在価値です。

 

上も下も紙一重

例えば6人選ばれる事がある選考であれば7人目と100人目は同じ「選ばれない者」です。

ただその「選ばれない者」という見方であれば7も100も同じですが、見方を変えれば6も7もほとんどイコールである事も間違いありません。

7になった時にどう捉えられるか、その気持ちの在り方こそがその後の行動に大きく影響します。

「私は選ばれなかった」と落ち込むのか、「6の人と大して変わらない、もう一頑張りだ」と思えるのかは何か競争が生まれた際に努力を継続していく為には一番大切な要素なのかもしれません。

 

スポーツの世界ではこの思考はすごく大切です。

スポーツは人と競い合っているようでホントはそうではないのです。

私個人の意見では人との競争はありだと思っています。
それは自分自身をより高める上での手段としての選択であって競争させられる、選ばれるという意識には一切向かないからです。

スポーツでも何でも究極の思考を言えば結局、それぞれ個人の結果を追い求める自己満足の世界であると思います。

だからこそやっている本人、選択して来た本人以上に周りがその結果に敏感になってしまうのかもしれません。

 

自分の人生を色々と周りに選ばれるのではなくて自分自身で進むべき道からゴールまで選択してほしいと思います。


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